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新井みつこ( Mitsuko Arai )

こんにちは、新井みつこです。

私は京都府宇治市で生まれました。

とても活発でヤンチャな子どもでしたがなぜか身体が弱く、母のすすめで小学校低学年から空手道場に通い始めました。礼儀や言葉遣いはここで徹底的に仕込まれた気がします。

中学高校は地元の学校に通い、バレーボール部と器械体操部に所属。のんびりとした毎日を送っていましたが、卒業間近の高校3年の時に学生演劇に出逢い、表現するということに強く興味を惹かれました。そして、これをキッカケにして私の人生は動き出すことになります。

すっかり演劇にハマった私は、高校卒業と同時に友人たちと劇団「親不知」を立ち上げて小劇場にて活動を開始します。しばらく後に仲間にすすめられて芝居のためにとダンスを習いはじめました。数年後に劇団は空中分解したけれど、なぜか踊ることはやめませんでした。

短大を卒業し、保育士をしながらもダンスは続け、仕事と並行してほぼ毎日スタジオに通い詰める生活になりました。今ふり返ると、完全に趣味の範囲は超えてましたね(笑)もっとダンスをしたい、踊りたいという気持ちがむくむくと育ち、考えた末に保育士を辞めてエアロビクスインストラクターに転職。しかし、好きな時間にダンスのレッスンが受けられる!と喜んでいたのはつかの間のことでした。頑張って仕事をした結果、エアロのレッスンが増えたために、今度は踊る時間がなくなってしまったのです。これでは本末転倒です。仕事は順調だけれど、やりたいことはこれじゃなかったはず。私はいったい何がしたかったんだろう?と悶々とする毎日でした。

そこで一大決心です。思い切って、2001年NYにダンス留学することにしたのです。けっこうイイ歳でしたし、家族や友人からは、今さら留学って何? ちょっと落ち着けば? なんてことを言われました。そりゃそうですよね。世間的には順風満帆な生活に見えていたはず。あらゆる忠告の声を全無視し、わずか3ヶ月で留学準備をすませた私の行動力に、本気だったのか、と周囲が呆れかえったのを覚えてます。

NYでは、Ballet Artsというダンス学校で学生ビザを取得しましたが、正直ものたりなくて。そこでSTEPSという老舗のダンススタジオが募集していたスカラシップオーディションにチャレンジし、合格しました。好きなだけレッスンを受けられる待遇を得て、まさに小躍状態。結局、留学期間中は2つのスタジオを行き来しながらTap・Jazz・モダン・バレエ・ピラティス等、体力が続く限りクラスを取り続けました。食べて寝る以外の時間はずっと踊っているような生活。それは夢のように充実した毎日でした。

本当に幸せなNY生活でしたが、何にでも終わりはやってきます。諸々の都合で、翌年2002年に帰国し、ほどなく生まれ育った京都府宇治市にて活動を再開することになりました。

ピラティスインストラクターのライセンスや健康運動指導士の認定資格を取得したのはこの頃です。東京に行って集中講座に参加したり、分厚い本をほぼ丸暗記するまで読み込んだり。我ながらよく頑張ったと思います。ダンスも教えはじめるようになって、留学中に得たものをひたすらアウトプットするような日々がはじまりました。

そんな時ご縁があり、京都府宇治田原町にてDANCE SCHOOL 1000を立ち上げ、代表を務めることになりました。5歳から大人までが集うこの場所はみんなが仲良くて本当に楽しく居心地が良く、私にとってhomeとも呼べる場所になりました。

しかし充実した気分とは裏腹に、長年休まずに、ひたすら走り続けた私の身体は徐々に疲弊し、ボロボロになっていたのです。好きなことをやってるのだからと無理を重ね続け、気がつけば自分の身体はすっかり言うことを聞いてくれなくなってました。ーもう、私の身体はダメかもしれないーこんな思いがじわじわと湧いてきて、動くたびに身体のあちこちに痛みが走るようにもなっていました。いろいろな病院に行ったり民間療法でケアしても成果がなく、徐々に諦めモード。このままでは本当に何も出来なくなるなと感じた私は、ふと思いついて久米島に休養に行くことにしました。当時は何をしていても仕事にむすびつくような生活だったので、完全に日常を離れた場所に行かねばと思ったんですよね。でも、やっぱりちょっと仕事がらみというか、癖はぬけないものです。以前から気になっていたWATSU(ワッツ)のセッションを申し込みました。そこで私を担当してくださったインストラクターの方に紹介されたのが、ポラリティセラピーだったのです。

翌年の2012年に、神戸にて初のポラリティセッションを受けました。どうしてこのような人生を送ることになったのか、なぜ自分がこんな考え方をするのか。セッションではその理由が次々と解き明かされました。これは衝撃というしかない体験で、まさに人生が変わるほどのインパクト!

私は、自分が知らない、見ようとしなかった自分と出逢い、自分自身を発見する喜びをセッションで感じたのです。実はこの時のセラピストさんが現在の師匠。京都に住んでた私が、久米島で神戸に住むセラピストを紹介されたんですよね。すごい確率だと思いませんか?この時のことを思い出すたびに、人生ってホントにご縁で出来ているし、無駄なことは何ひとつないんだなぁとしみじみします。

ポラリティセラピーってなんだろう? ココロとカラダって、どうしてこんなに密接なの? あふれる疑問と好奇心から、翌年に神戸にあるポラリティセラピースクールに入校しました。ダンスのお仕事をしながら、月に何日か神戸まで通い、ポラリティを学ぶという生活。スクールがある神戸までの片道2時間は毎回ほぼ爆睡。体も頭も目一杯使う日々は体力的にも厳しかったですが、とにかくポラリティセラピーというものを知りたくてしかたなく、夢中で学びました。

翌年の2014年、日本ポラリティセラピーサポート協会認定のAPPプラクティショナーの資格を取得。2018年APTA(米国ポラリティセラピー協会)認定RPP資格を取得。
プラクティショナーになるのが目的ではなく、探究心から学んでいたら資格がとれちゃった!というのが実際のところです。でも、学びとは本来そのようなものかもしれませんね。

現在は、琵琶湖が見える場所に住居を移し、ポラリティセラピー専門サロンAkatsuki-暁-にて、日々研鑽とセッションに励んでいます。

今までの人生と経験から言えるのは、身体は必ず変わるということ。まだ知らない自分自身に出逢うことは、深い癒しをもたらしてくれることでしょう。

あなたにお会いできますことを楽しみにしています。

Akatsuki-暁- 新井みつこ

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 久御山サロン
 京都府久世郡久御山町
 閑静な住宅街にある一軒家です

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